あなたが、 高度な内容の講義を聞くことを「大学の定義」と思っているなら、 間違いです。
その論法であれば、 「放送大学だけあれば、技術者や研究者が勝手に育ってハッピー」 ということになりますが、 「人が勝手に育つ」といった例は歴史上、皆無です (確かに歴史上、数人、例外がいますが、例外を基準にしてはいけません)。
研究室は、講義ではない形式でしか伝えられない”何か” (うちでは「ゴーストのささやき」と言っているもの) のために必要な組織です。 [1]
[1] | また、この論法の果てとして、教育の理想は 「カレッジのスーパーヴィジョン方式」 (ケンブリッジではスーパーヴィジョン、 オックスフォードではチュートリアル) と言えます。 本来、研究室配属とか学年とか無関係に研究室を尋ねあるいていいのですよ。 そしてスーパーヴィジョンしてくださいと頼んでみればいい。 スケジュールの都合がつけば、なんかしてくれますよ。 先生とは、そういう人種です。 また、「虎の穴」は、そのための同好会です。 |
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